大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和29年(ラ)72号 決定

抗告人 橋本穂積

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人の抗告理由第一点は

債務名義の送達は、強制執行開始の要件であるから、その送達前になされた強制執行手続はすべて無効であつてその後にこれを送達するも有効となり得ないものであるところ本件強制競売開始決定は債務者たる抗告人に対する債務名義の送達前になされた違法があるから絶対無効である。従つて本件競落許可決定もまた違法であつて取消さるべきものというに在る。

よつて本件記録を調査するに株式会社熊本相互銀行が福岡法務局所属公証人美雲唯之作成第二三二号金銭貸借公正証書の執行力ある正本にもとずき抗告人所有の宅地及び建物に対する強制競売の申立をなし原裁判所は昭和二十九年二月十八日右不動産に対する強制競売の開始決定をなしたが債務名義たる公正証書はその二日後たる同月二十日に右開始決定の正本と同時に債務者(抗告人)に送達されたもので、該開始決定前にはその送達はなされていないことが認められる。

思うに債務名義の送達は強制執行開始の要件であるからその送達なくして行われた強制執行は無効であるが本来不動産に対する強制執行においてはこの送達の趣旨は債務者を保護することに在り、第三者の利害には関係しないからその後においてその送達があれば爾後これを有効とするも第三者は勿論債務者の利益を不当に侵害するおそれはなく、これに反しその送達後もこれを無効として再び開始決定をなすことを必要とすることは徒らに手続を遅延せしめ債権者に損害を及ぼす結果となる。理論上からいつても債務名義の送達後は当初の強制競売開始決定を無効ならしめていた原因は消失するのであるから強制競売開始決定はその送達の時から有効となるものと解するを相当とする。それで本件においては前記認定の如く不動産強制競売開始決定のなされた二日後にその正本と同時に債務名義は送達されているから右強制競売開始決定はこの送達の時から有効となつたものとしなければならない。従つてこの点に関する抗告理由は採用できない。

抗告理由第二点は昭和二十九年四月十六日の競売期日においては本件建物の敷地である宅地と切離して本件建物のみにつき競売を実施し競買価格十七万円の申出をなした申立外浜崎勲を最高価競買人と定めて競買期日を終了し同月十九日原裁判所は同人に対し競落を許可する決定をなしたが、建物とその敷地たる宅地が一括して競売になれば評価額金八拾四万円(内、宅地六拾九万円、建物拾五万円)程度で競落出来る見込充分であるのに、本件の如く建物の敷地たる宅地を、建物と切離して建物のみ競落を許可せられると、競落建物の敷地たる宅地はその効用を失する為その価格は極度に低落し、殆んど無価値に等しくなるのは当然である。その為抗告人は著しく不利益を蒙る結果となるので、斯様な競売方法は違法であり、これを看過してなされた本件競落許可決定は取消さるべきものであるというに在る。

よつて按ずるに建物とその敷地たる宅地とについて強制競売開始決定がなされ、ともに競売の目的となつた場合に、必ずこれを一括競売に付すべきことを命じた規定はなく、一括競売すべきか又は各個に競売すべきかは執行裁判所が諸般の事情を勘案してその裁量を以て決すべきことであつて一括競売に付しなかつたからといつて直ちに違法となるものではない。本件記録を見るに本件競売の目的たる建物とその敷地たる宅地とは各別に評価して最低競売価格を定められ、その旨公告せられてあつて各個に競売に付せられたものであること明らかであるから、執行吏が競売期日にこれを各個に競売することとし、建物についてのみ最高価競買人を定め、執行裁判所たる原裁判所においてこれに対し本件競落許可決定を言渡したのは正当であつて、その間何等違法のかどはない。本件の場合若し抗告人において一括競売が有利であつて各個に競売せらるるときは損失を蒙るおそれがあると考えるならば、民事訴訟法第六百六十二条の規定に則つて利害関係人の合意によつて一括競売に付せられるべきことを執行機関に申出づべきであつたのに、かかる措置に出づることなくして既に競売が実施せられ競落許可決定の言渡もあつた後に至つて一括競売に付せられなかつたことを違法なりと主張する抗告理由は、これを採用するに由なきものといわねばならない。

その他一件記録を精査するも原決定にはこれを取消すべき違法の点は認められないから本件抗告を棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 野田三夫 中村平四郎 天野清治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例